京の夏は一通りではないほど暑い。
そこに遷都するが重畳と陰陽五行で決めたという土地は、
周囲を山地や丘陵に囲まれた盆地で。
南の海から吹き上がって来る湿った暖気を、
受け止めたままどこへも逃がせず、
はたまた、手前の壁となっている山へ雨水だけ落としたあとの、
生暖かい風の吹きおろしに遭いと、
そりゃあもう豪気なくらいに畿内の熱を引き受ける結果、
たいがいは半端ではない酷暑となるのがお定まり。
そんな土地だからという、様々な工夫も生まれており、
例えば坪庭という小さな空間を、
玄関の対面という奥向きにこしらえて、
温気を逃がす風の道を作るとか。
「そんなちゃっちいことで何とかなるもんでもねぇけどな。」
こらこら、陰陽師のあなたがそんなこと言ってどうしますか。
「知るか、俺が京に都をと決めたんじゃねぇわい。」
そんなまで爺ィに見えるんか こらと、
今日も暑いせいでしょか、
お館様、なかなかに血気盛んであらせられます模様。
どうでもいいけど、カッカするとますます暑くなるぞ?
「うっせえっ!」
八つ当たりらしき桶が飛んで来ましたので、場外からはこの辺で。
◇◇◇
冗談はさておいても、京都の暑さは凄まじく。
やんごとなき女性らは御簾を隔ててでしか顔を合わせないのは、
白塗りの化粧が落ちて、昼間日中から凄んごいこととなってるお顔を、
殿方に見せたくないからじゃあなかろかと、
ついつい本気で思ってしまうほど。
そんな土地なものだから、
後背に控える山々のちょみっと登ったところに
寮を設けて涼みに行ったり、
内裏を流れる鴨川ではなく、
西の嵐山側の桂川上流、
嵯峨や小倉山などなどへも足を延ばしたものと思われて。
「次の行事と言ったら何でしょうか。」
「そろそろ仲秋の月見の話で持ちきりだ。」
昔の暦の八月十五日を“十五夜”とし、
宮中でも“観月の宴”を催して御歌が詠じられたそうだが、
これが今の暦では大体九月の中頃にやってくる。
確かにまま、とんでもない暑さももう打ち止めと言いたいか、
宵が訪れると、どこからともなく虫の声も聞こえるし、
月の色合いも冴え、
一頃よりかは幾分過ごしやすくなっても来たというが、
「そうそう目を見張るほどの差異でもあるまいよ。」
酷暑に見舞われる夏場は、夜中の徘徊が盛んになるせいか、
怪しいものを見たの聞いたのという噂も格段に増え。
そのほとんどが気のせい見間違いではあるのだが、
それでも一応、万が一という恐れもあるのでと、
上司の神祗官様だのお茶目な東宮様だのに、
微妙に煽られての釣り出されるより前に、
あくまでも“自主的に”市中を見回ることの多くなる神祗官補佐様。
それ以外にも…こちらは純粋に妖かしの気配を拾っての、
深夜の出動も結構あっての反動、
暑い盛りの昼間ほど、
だらだらと寝て過ごすことの多かった皆様でもあったりし。
涼しくなって寝やすくなったらなったで、
涼しい夜長だからと出歩く馬鹿者は引きも切らずで、
その結果、またぞろ何かを妖しき存在と見間違えての騒ぎになったり、
夜更かしの末に善からぬ何かをしでかして、
死者から途轍もない恨みを買ってしまったお馬鹿が出たりと、
やっぱりなかなか落ち着けぬ、
術師様だったりもする今日このごろだったりし。
“いくら気概はお元気だとはいえ、体がついてかないんじゃなかろうか。”
どちらかといや、寒いほうが堪える性分な蛭魔だが、
それにしたってあの痩躯だから、
どれほどの活力を蓄えられるものかは知れており。
気概の闊達さに体力が着いて行かなくなったら大変と、
庫裏の方でも、
賄いのおばさまが精のつくものをと食事に工夫をしていなさるし、
書生のセナも仔ギツネのくうちゃんを伴って裏山に運んでは、
胆力に効きそうな薬草を摘んだり滋養のある山の芋を掘ったりし、
それとなくの助力は惜しまず。
―― そしてそして
もしかして夏場はお仲間の天下という時期ではないのだろかの、
蜥蜴の一門を束ねる総帥様は。
それでの忙しさからか それとも、
それでもやはり昼のうちの暑さは厭うのか。
夏場は朝のうちからお越しにならず、
夕暮れどきになってようよう姿をお見せになることも多くって。
いやあれは、
暑さに煽られ日頃よりも過激さを増す蛭魔の勘気から、
さりげなく避難してのことじゃあないかという、
さもありなんなお説もなくはないのだけれど。
“それだって、そうと気づかれてしまったら
別なところへ雷が落ちるには違いないのにね。”
そんなではまだまだ読みが甘いと書生くんが思うのは、
まずはと広間へ直行せずに、
井戸端で釣瓶を操り、水を汲み上げていたセナの方へ、
先に回ってくる彼だったりするからで。
「こんにちは、葉柱さん。」
「よ、今日も暑いな。」
黒の侍従という二つ名のまま、真っ黒な衣紋をまとっての、
撫でつけた黒髪もすっきりとさせてという、
むしろ涼しげなお顔で言われてもと。
困ったように笑い返したセナの手元、
庫裏まで運ぶそれなのか、手桶への水汲みを手伝ってくださると、
それではと立ち去る少年へ手を挙げてのそれから、
「……さて。」
こぼれる水の恩恵もあってか、青々とした葉の茂る庭の外れの一角で。
実は暑さを我慢をしていた訳でもなかろに、
手際よく衣紋を脱ぎ始める彼だったりするのである。
「よお、生きてるか?」
「……っせぇな。」
今日も今日とて、結構な日照りの一日で。
それに圧迫されたか昼寝さえ出来なんだらしいうんざり顔で、
かたびらという下着に程近いくらい薄い着物のみという
最低限の薄着姿でいた、蛭魔へと声をかけつつ、
「外回りも暑かったぞ。」
くすんと微笑って濡れ縁へ腰掛ける様の落ち着きようが、
どれほどの本当だかと、
年若い術師の勘気をいらっと煽りかかったものの、
「ちと行儀が悪りぃが袖を抜かせてもらう。」
そうと言って、袖から引っ込めた腕で前の合わせを押し上げ、
衿の内側から小袖の懐ろをくつろげると。
ああ暑い暑いと言いながら、
右左と順々に、もろ脱ぎとした壮健な肩や背中を見るにつけ、
「………。」
白々しい奴だと思うし、律義だなぁと呆れもし、
それが誰のためのことかを思えば、
微妙に腹の底とか背中とか、こそばゆくもなるのだけれど。
「………。」
何よりも“来い来い”と招かれてるようなのが、
こちらを見透かされてるようで
そこもまた癇に障らないでもないのだけれど。
数刻と待たずして。
侍従殿の剥き出しになった広い広い背中へと
身を預けるようにして、
胸元くっつけ のし上がっている誰か様だったりし。
水を浴びての冷やされた肌は、
そうせずとも張りのあるほどよき堅さの感触が、
ますますのこと心地よくなっており。
髪まで濡れていれば、
そろそろバレバレになってもいるものの、
冷やし過ぎてねぇか、お前。
んん? そっかなぁ。
しゃあねぇな、風邪ひかねぇように温めといてやると。
もしかしたらば、それもまた思惑のうちかも知れぬが
そんな風な至れり尽くせりの、
何より…大好きな背中を大手を振って独占出来るこのひとときが、
夏の唯一のお楽しみとなっているらしき、
お館様だったりするそうで。
そしてそして、
「せぇな、おとと様。」
今は遊んでもやったらメなの?と、小首傾げる仔ギツネさんを宥めるのが、
セナくんの日課でもあったらしいです。
残暑お見舞い申し上げます。
〜Fine〜 10.09.03.
*夏と言えばの稲川淳二さんを久々にテレビで見ましたが、
厄払いと言えばの塩を盛るのは、
実はあんまりお清めとはならないそうですね。
あれはそもそも、
門前へつないだ馬に“お疲れさま”と舐めるよう盛ってただけのものだとか。
あと御札も、あれは調伏という意味があるため、
霊的存在への挑戦状になってしまうので、
相手によっては却って怒らせることもあるそうで。
静めにとお供えするなら、一番無難なのは 水とご飯とお酒なんだって。
言われてみれば“ああ、そうかもな”と納得がいくことばかりで、
さすがは平成の恐怖の伝道師でした。
(いえ、そんな肩書があるかどうかは知りませんが)
*いきなり関係ない話ししてすいません。
久し振りすぎる“陰陽師様”でしたね。
いやもう暑くて暑くて、
エアコンもないし、アメフトに打ち込んでない蛭魔さんの夏って
あんまり想像出来ないもんでつい。
めーるふぉーむvv

|